周辺観光

展望台

 仙峡温泉から遊歩道で5分、三陸復興国立公園の太平洋の雄大なパノラマが眺望できる展望台があり、散策が楽しめます。

黒崎神社

 承安2年(1172)祭神として息氣長帯姫命を祀り、海上安全・家内安全を祈願し、例大祭には七福神・郷土芸能・手踊り・市指定の無形文化財梯子虎舞が奉納されます。

黒崎仙峡

天狗の投げ石

 峡谷断崖を挟んだ岩上に、直径約2mくらいの大石塊が二個、相対してあり、天狗がお手玉をして遊んだと伝えられています。


 黒崎仙峡の岩頭に立てば万里の潮風に心身抱かれ、洋々たる前面を見渡せば煙波正に渺々とした大海原は、人をして陸上古今の変遷を超越し神代の感を抱かしめる。
 更に四望の心を脚下に移すと、水面より十五米(五丈)断崖直に海に没して紺碧の色その深さを知らない。
 左に雌沼雄沼と呼ばれる海水深く侵食洞入する渓谷の岩窟あり。その奥は見ることが出来ないが、沼に似た所よりその名があり、激浪の侵入する時、荒削りの岩肌に五彩の飛沫を吹き上げる様豪快と言う外ない。
 沼を挟んで岩上に径一米(数尺)くらいの大石二個相対してある。之天狗の投げ石、又お手玉と伝えている。見る程に造花の奇妙と言ってよい。
――― 承安二年(1172) 鎮座黒崎神社誌ヨリ

広田町根岬梯子虎舞

 根岬の梯子虎舞は、郷土が祀る、弁財天女を祭神とする鶴樹神社の大祭に、奉納舞として挙行し、五穀豊穣、大漁祈願、悪魔払いの神事を行うものであります。
 獅子舞は、平安時代から盛んに行われておりましたが、神代の昔、世の神々が旧暦の神無月に、高天が原から下行する際、神々が行く手を、獅子に阻まれ進退窮まったとき、才知に長けたさいぼうが、獅子を高い崖の上におびき寄せ、神々を通したのが現在の梯子虎舞の起こりとも伝えられております。
 根岬の梯子虎舞は、二頭(フタカシラ)によって、昇降舞と頂上舞が行われます。その先達をさいぼう振りが勤め、又尾使いは頭使いの演技の要であり、二者一体となって格調高い躍動美を表現します。
正式名称は「風流唐獅子曲乗之体(ふうりゅうからじしきょくのりのたい)」といい、日本一のものとして昭和53年に無形民族文化財に指定されております。現在の梯子の長さは20m、地上からの高さは18m、傾斜角度53度、梯子の段数は49段です。

竜神の神楽

 海蝕景観を誇る黒崎仙峡の峡谷の岩穴から、旧暦の3月3日の干潮の時に、この穴から神楽のような音色が聞こえてくるといわれています。

 黒崎仙峡は、三陸復興国立公園の中で最も雄大な海蝕景観を誇っている。
 この黒崎仙峡の岬の天狗の投げ石の下に一つの岩穴がある。この岩穴はいつもは海の中にあって見えないが、旧暦の3月3日だけは潮が引いて、よくその穴を見ることができる。この日にはまたこの穴から神楽のような音楽が聞こえてくるという噂を聞きつけて多くの村人たちが見物に来るようになった。
 ある年のこと、この神楽のことを聞いた殿様が、なんとかして岩穴の秘密を知りたいと思い、調べに行くものはいないかと「お触れ」を出した。
 このとき、与八と佐十という兄弟が名乗り出た。彼らは常日ごろ、仲が悪くお互いに意地を張り合っていた。
 2人は準備をして岩穴探検にとりかかった。潮との長時間の戦いの後、狭い水路の所で、2人は船を捨てて海に飛び込んだ。
 岩穴の前は深い淵になっており、潮の流れが激しくうず巻いていた。何度も押し流されたが、泳ぎ達者の2人はとうとうここを泳ぎ切った。
 静かなよどみに出たとき、頭上から不思議ななんとも妙なる楽の音が聞こえてきた。与八と佐十はふと正面の岩壁の上を見上げた。突然2人の顔色が変った。岩の上に長い髪を腰まで伸ばして白衣の女が横たわっていたのである。音楽もやみ、ただならぬ妖気がただよってきた。
 恐怖におののく2人は無我夢中で逃げ帰った。殿様の前で岩穴の秘密を話し終えると、2人はそのまま手を取り合って死んでいった。

――― 「気仙の伝説」「陸中海岸の伝説」ヨリ